みんな一緒で、できるだけ皆んなで。誰か一人苦手だったらその人を一定のレヴェルまで、というのが当たり前で育ってきたわけなんですが、ある意味現在の僕はそれと真逆な生き方をしているようなものです。みんなと一緒だったら潰れてしまいますからね。
思い起こせば子供の頃から退屈で授業中はずっと絵を書いていましたし、いつも校則違反のニットやジャケットを着用して登校していました。
皆んなで一緒に楽しく!みたいなのがほとんど出来なかったですね。
かと言ってグレたりはしませんでした。
その「基準」みたいなのに満たないヤツはダメだ、という空気の中でしたから自分はきっとダメよりなヤツだろうなぁといつも思わされつつも、いやアイツらがおかしいに決まってるぜ、と心の中で燃えていたのは記憶してます。
でもちょっと前のゆとり世代の人達は、社会的には「あ、あいつはゆとりか。どうりで」みたいなのが多かったと思いますが実際にその世代の人たちと付き合うと、フラットで多様性を認めてるような感じがしていいなぁと思っていました。類は友を呼ぶと言う言葉が合わないくらいだと感じてました(個人的に)
でもそこからまた現在、SNSでのコミュニケーションがデフォルトになってからは、またなんかギスギスしてるし無表情な子が多いなぁ なんて感じるシーンが多いです(個人的に)
意外とゆとり教育は良かったんかな、なんて思いました。
デブもダメだしガリもダメ、ブスもダメだしゲスもダメ、できるだけみんながいいというスペックまで自分を持ってったら何があるんですかね?
自分の周りには幸い、そういう容姿を何か言う人は少ないし、デブもガリもブスもゲスも皆んな幸せそうな人が多いような気がしますし、容姿端麗なのにさみしそうな人やブサイクだけど超幸せな人もいます。(個人的に)
そんな答えのないのをふつふつと考えていると、AFTERSがもし超クソデブブサイクだったとしても、幸せだったら最高だなぁと思うわけです。
SHOPが他の価値観に合わせてあたかもデザイナーさんが憑依して店員が喋っているかのようなシーンもあるのでしょうけども、僕らは日々日々ユニークになろうとしてきたので、そろそろ現在のAFTERSの「かっこいい」は先生が教えてくれたかっこいいじゃなくて、自分たちの価値観でかっこいいものをアウトプットしているのだと思います。
ただしそれを見にまとったからと言って、モテる、というわけではありません。
その価値観を持って、こういう仕事を現在している事も奇跡だと思いますし、超幸せな事だと思っています。
でもそれがもし自分の幼少期の出来事から繋がっていて、あの時「お前は全然ダメだ!」と言われ続けて僕がそうか〜と思っていたら間違いなくAFTERSは現在無いでしょう。
その時の自分は自分の価値観を、何の根拠もなく信じきっていたので今に至ります。なので子供達にも知識を与えるよりも、自分の価値観をイかれてるくらい信じて生きた方が幸せ、、、かも?みたいなフワッとした親でありたいと思っています。
別に書こうとも思ってませんでしたし、何回も書こうとしてもうまく書けなくてやっとこさまとまりました。
読んでいただいてやれ気持ち良いとか、会社の媒体で何を、と言うのは言い出せばキリがないのであれですが、こう言う事も書ける場所でもあるというのは幸せですし、またお客さんとコミュニケーションして成長させていただけると思っています。
TEAM HOODIE 3rd、在庫がわずかになってきました。
ベレキャスも好評です。ぜひどうぞ。
最高に好きなAFTERS DENIM。113 WASHEDは1本のみ。また来年出したいですね。
TIGER CAMO JKTはもうしばらく作れないでしょう。
AC CAPはこれからも出し続けます。